1個の分子から毎秒1億個の光子
量子通信、量子ネットワーク、そして光量子コンピューターは、どれも同じ基本部品に頼っている。単一光子源、つまり光を1個の光子ずつ、求めに応じて放ち、しかもどの光子も次の光子とまったく同一であるような装置だ。
候補はたくさんある。単一の原子、捕捉イオン、最も成熟している半導体量子ドット、そしてダイヤモンドやシリコンの欠陥だ。有機分子は別の道である。その構造は化学によって原子ひとつひとつまで決まり、完全に再現できる。色は分子を設計することで選べる。小さく、安くつくれる。母体となる結晶の中で絶対零度近くまで冷やすと、これ以上ないほどスペクトル純度の高い光を放ち、事実上劣化することもない。
問題:光が失われる
発光体は光をあらゆる方向に放ち、その多くは全反射によって物質の内部に閉じ込められたままになる。最初のレンズをはずれた光子は、永久に失われる。いつもの解決策である微小共振器やナノワイヤーは、物質を加工(エッチング)する必要がある。ここではそれができない。最高の光を出す有機結晶はもろく、製造工程に耐えられないのだ。
鏡、ドーム、そして140ナノメートルの層
エアランゲンのマックス・プランク光科学研究所のシュテファン・ゲッツィンガー(Stephan Götzinger)のチームは、代わりに平面アンテナを使った。シリカの層の下に銀の鏡がある。その上に、酸化ジルコニウムの半球、つまり「固浸レンズ」が基板に直接接合されており、厚さわずか140ナノメートルの隙間が残る。この隙間を、ジベンゾテリレンの分子を数個含む溶融した有機結晶(1,4-ジクロロベンゼン)で満たし、それを固化させる。
光は屈折率の高いドームの方へ導かれ、反対側へ逃げようとする光は鏡が送り返す。決定的なのは、結晶そのものは一度も加工されないことだ。構造はすべて基板の側にある。アンテナは狭い共鳴に頼らないので、幅広い色で働き、分子の向きにもほとんど左右されない。試料は1.4ケルビン(−271.75 °C)まで冷やされる。
数字
- **集光効率:97 ± 2 %**の光が最初のレンズに届く。
- 1個の分子から、全スペクトルにわたって毎秒約1億個の光子を集めた。著者らによれば、プラットフォームを問わず、極低温の単一光子源として報告された中で最も高い値だ。検出されたレートは毎秒2130万カウントで、これまでの極低温分子光源より10倍高い。
- 純度:97.5 %以上。強く励起しても、光子は本当に1個ずつ出てくる。
- 区別不能性:91.2 ± 2.3 %。続けて出る光子がどれだけ同一かを示す値で、わずかに残るコヒーレンスの損失によって制限されている。
- 170.7ナノ秒の間隔で放たれた2個の光子も、高い可視度で干渉する。
- 副産物として、この分子が励起の約**90 %**を光に変えることも測定された。この分子について、低温で直接見積もった初めての値だ。
有機分子もレースに加わる
この結果により、有機分子は単一光子の有力なプラットフォームの仲間入りをする。明るさ、純度、コヒーレンスを同時に備えているのだ。アンテナを特定の分子に合わせて調整する必要がないので、著者らはほかの分子と結晶の組み合わせ、つまりほかの色でも機能すると見込んでいる。次の目標は、隣り合う複数の分子を同じ周波数にそろえ、より複雑な光の量子状態をつくることだ。将来の量子フォトニックネットワークに向けた一歩である。
